琉球村・沖縄の古民家(沖縄の住宅研究3)

沖縄の古民家を調査したくて、琉球村に行ってきました。
琉球村(希少な沖縄住宅がたくさん見られます)は、沖縄の文化・芸能・自然を見て体感できるテーマパークなので、 沖縄観光では定番スポットだそうで、沖縄の民家をたくさん集め移築しています。

そのため、今では希少な沖縄住宅が、 琉球列島にある各地の古い民家を移築したかたちで残っており、参考になります。古民家は、国の有形文化財にもなっているそうです。

観光客の方々は観光の定番スポットだからいらっしゃってるのでしょうが、私個人は稀少な沖縄住宅の現物が見られるとあって、研究目的で来場。

お店として使われている民家もあったものの、ほとんどが築100年以上の住宅。
素晴らしく貴重な存在です。

沖縄の古民家研究

それぞれが、沖縄様式の赤瓦屋根の木造建築で作られています。
基本的に、天井はなく、現し。

土間があって、畳敷きの大きな空間。仏壇のスペース以外は、仕切りもなく、かなり開放的なつくりになっています。典型的な古民家の様式ですね。

いくつも古民家を見ていくと、本当に「平地に柱を立てて、梁を張って、屋根をつくっただけ、小さく閉じたりせず、開放的に作られており、外界と一体になっている」そんな感じがします。

旧大城家(築約200年)住宅

旧大城家(築約200年)。
王府の重巨与那原親方の邸宅だったものを大城家が購入したものだそう。

旧大城家は、寄棟造で赤瓦葺の木造平屋建て。
屋根の真ん中にシーサーが鎮座しております。

家の前にある壁は、おばあさんに聞くと、「ヒンプンと呼ばれる目隠し」だそう。
この壁が大きければ大きいほど、お金持ちであったことを示す象徴だったそうです。

ちょっと調べてみると、ヒンプンとはもともと中国語の屏風(ひんぷん)のことだそうです。また、沖縄の魔物は角を曲がるのが苦手なため、直進して入ってこないように魔除けの意味もあるとのことでした。



隈研吾設計のスターバックス(大宰府表参道店)に行ってきた

スターバックスはかねてより、コンセプトストアなるものをいくつかつくっております。
いつものお店とは違ったスターバックスエクスペリエンスを提供するお店ということで、銀座マロニエ通り店、鎌倉御成町店、京都烏丸六角店などなど、全国で6-7店舗あります。福岡市には大濠公園内のスターバックスがそのひとつです。

太宰府天満宮へ向かうまで

去年は2011年12月中旬。
太宰府天満宮にも、スターバックスのコンセプトストアができるという話を耳にしました。しかも、設計は今をときめく建築家、隈研吾だと。

これは興味深い、と思いつつも、年末になり、「年末は人が多いよなー」「年始は人が多いよなー」ということでのびのびになってしまい、、、が。

さて、気分転換にでもと行ってみました。

福岡市内からは、都市高速で2-30分車を走らせると、太宰府天満宮です。
行ってみたところ、日曜日なので車が多い。

とはいえ、周辺には駐車場が多いので、すぐに駐車。500円也。
どうやら、受験シーズンということもあって、とりわけ人が多いようです。うむむ。。。

まあ、遅く行った自分が悪いわけで、太宰府名物 梅が枝餅でも食べまして、お目当ての建築物へ。

スターバックスコーヒー 太宰府天満宮表参道店に行ってみた

隈研吾の「自然素材による伝統と現代の融合」というコンセプトにスターバックスが賛同したということで、このお店が実現したそう。

ファサードは木のモリモリッとした感じがインパクト大でありつつ、外装の線の細さでシャープな印象も同時に与えてます。

全体的な印象は「スッキリした感じ×木」。
木組みを多用して、木のぬくもりと街並みに合う和テイストを演出。

壁がそこまで厚くないのでシャープ。基本、ボード。
全体の内装はボードをそのままに、木組みのアレンジを加えていったようです。

木組みに関しても、接合部は金属プレートで支持。
リアルに木を刻んでつくったわけではなかったです(まさかね)。

スターバックスの特徴的な「お客様待機ランプ」は、木のテイストのランプに。
実際的には、アクリル製ランプに木目調シートを貼ったつくり。

設計は売れっ子建築家の隈研吾なので、設計料は大金だったかもしれません。
ただ、建築にかけたコストはそこまでかかってないような印象です。
ローコストに抑える意識がスターバックス側に強いのかもしれません。

コーヒー一杯で、著名建築家の設計とコーヒーを楽しめます。



識名園(沖縄の住宅研究2)

希少な沖縄住宅。
そのひとつがあるのが、識名園です。
1799年に完成したとされています。

国王一家の保養や中国皇帝からの使者(冊封使・さっぽうし)をもてなすために作られた迎賓館を有する琉球王朝の庭園です。2000年12月世界文化遺産に登録された観光スポットみたいです。

沖縄住宅を考える上で、貴重な存在だと思われる主要施設、御殿(うどぅん)。
ここに中国からの使者をもてなしていたそうです。

沖縄様式の赤瓦屋根の木造建築。
冊封使を迎えていたのが1番座。続いて2番座、3番座。きちんとヒエラルキーに則っています。これは近世日本の書院造を踏襲していることがわかります。

実際に現地に行ってみるとわかるのですが、1番座の奥には押板がある床の間になっています。そして、1番座の天井の高さは最も高くなっているのです。2番座は、1番座より少し低い。3番座は2番座よりも少し低い。これは天井の高さと位置関係から、身分の差、立場の違い、もてなすレベルを可視化しようとする造りとなっています。

御殿の床は高く、風通しがよいようにつくられています。御殿で最も地位の高い場所、1番座の上座のほうから、写真を撮ってきました。この識名園で、最高の眺めだと設計された景色です。

移動して、台所へ。
御殿のなかでは、この台所の部分だけ、天井のない「現し」になっています。これは、熱や煙を天井裏に伝わらせることで、木材が乾燥するようにする効果やシロアリを防ぐ効果があったそうです。また、換気の点からも、昔の住宅はほとんどが熱源の上は「現し」でがらんどうです。

きちんと床の間があったりして、日本の近世の住宅様式を踏襲しています。



沖縄の住宅事情(沖縄の住宅研究1)

沖縄に行って、住宅を見渡してみると、すぐにわかるのが、沖縄の住宅はほとんどがRC造(鉄筋コンクリート)の住宅であることです。

見かける住宅がことごとくそうなので、不思議に思っていました。
後述する琉球村で、その疑問をそこのおばあさんに質問してみました。

「この琉球村の古民家は、ほとんどが木造の住宅ですよね。でも、今ある住宅のほとんどはコンクリートでできているように思うんですが、どうしてそうなったんですか?」

「ああ、それは台風が来るからだよ」

どうやら、沖縄では、秒速50m以上もの猛烈な風雨が襲ってくるような台風がたくさん来るため、家が吹き飛ぶリスクや、損害を考えると、コンクリート住宅になってしまったようです。

俗に言われる赤瓦の沖縄住宅は、希少な存在らしいです。また、そのおばあさんは、赤瓦を作る職人も減ってしまっているからねー、ともおっしゃっていました。

識名園



児童養護施設の現状と支援のアプローチをどうすべきか?

「児童養護施設」という言葉を聞いたことがありますか?

「児童養護施設」は、様々な家庭の事情により家族と暮らせない子供たちが生活する施設です。全国に約560施設。0歳から18歳の子供たち約3万人が生活しています。以前は「孤児院」と呼ばれていたのですが、現在ではむしろ孤児は少ないのです。

親はいるが、養育不可能になったことで預けられるケースが多いです。具体的には、虐待された児童です。約6割は虐待が原因で、施設に入所するとのことです。

この「児童養護施設」は子供たちの支援、保護をされていらっしゃいます。
しかし、問題点も多々抱えているそうです。

たとえば、待機児童の数は増加しているのですが、対応する施設数が不足しています。これは財政的な問題も大きいです。

また、虐待された児童が多いですから、心の傷をケアしなければなりません。しかし、人員も不足しています。そのため、職員自体のオーバーワークが起こり、燃えつき症候群になってしまうケースも目立っています。

加えて、安心して暮らすことのできるはずの施設で、内部での虐待もあります。施設職員による体罰、性的虐待。子供同士のいじめや暴力、性的虐待。

様々な問題を抱えていますが、社会にとって必要な存在です。これらの問題を解決していくことが、養護児童の人生にとっても大いにプラスになることと感じます。

私と児童養護施設とのつながり

私自身のプロフィールをご覧いただければおわかりのように、私の父は小学3年生のときに他界しています。かれこれ、10年以上は母子家庭で育っていたわけです。

さいわいなことに、今でも母は健在で、よく育てていただいたと思います。ただ、もし、母がケガしたり、ましてや他界してしまった日には、私自身も児童養護施設に入っていた可能性は否定できません。母が私に虐待していても、児童養護施設に入っていたかもしれません。

今、過去を振り返ってみても、万一のことがあった場合、私自身も児童養護施設に入っていたと思うのです。

ですから、私自身、この種のテーマには関心があります。

福岡で活動する団体:スマイリーフラワーズ

お話をお聞かせいただいたのは、スマイリーフラワーズ代表 窪田広信様です。

2012年中に団体をNPO法人(特定非営利活動法人)として設立を予定されていらっしゃいます。
参考:スマイリーフラワーズ公式サイト

窪田様は、福岡県でパートナーと共に海外留学エージェント(日本人の海外留学を手配する会社)を経営されていました。10年の業界キャリアをお持ちです。そこから、既存の会社を離れ、NPO法人を設立する道を選ばれました。

そもそもは、窪田様自身、4人兄弟母一人という母子家庭の貧しい家に育ったことが原体験としてあるそうです。

自分では脱することのできない社会格差遺伝のなかで、将来に明るい希望を見いだすことのできなかった自分が、多くの人に助けられて海外に飛び出すことができ、それを機に大きく人生を切り開くことができたという経験があります。

これまでは、わずかながらも養護施設や小児病棟などで児童ボランティアに携わってきたそうです。ただ、社会格差遺伝の現実を考え、憂いを感じたそうです。

つまり、社会的底辺で育った子供は、同じく社会的底辺に陥りやすく、社会的上層で育った子供は、大人になっても社会的上層に立ちやすいということです。

そこで、NPO法人を設立され、大きな波を起こそうと奮闘されていらっしゃいます。

窪田様の夢は、自分の団体から支援を受けた子供たちが成長し、成功し、大人になって彼らが次の世代を支援していくこと。そういう支援の連鎖を創ること。

正直、お話を聞いていて、道のりは大変険しいものになると感じます。
それは、児童養護施設に関する社会的な認知がそこまで高くないからです。

なぜでしょうか?
「自分ごとではないから」です。

自分は大人。
自分には両親がいる。
自分はやさしい両親(腹立つこともあるけど)に育てられた。

そういう人が多いからです。
児童養護施設について、少しも関心を持たずにいられます。

私は違います。
母子家庭で育ち、母一人というリスキーな状況下で育ちました。小学生の自分でも、施設に入る可能性に恐れていました。

ですが、実際には少ないです。

児童養護施設の現状、問題点への認知を広めていくと同時に、養護児童の人生をよりよい方向へと支援するアプローチをとっていくことは、とても厳しい道のりだと思います。

ただ、私はこのような活動が社会にとって大いに有益だと思います。
また、私自身の過去から、そのような支援の一助となりたいと思います。

最後に、このような支援活動団体の一部には、私利私欲で、私的濫用を行っている団体もいることは存じ上げております。

そこで、私は窪田様にくれぐれもそうならないよう、会計報告、活動報告をきちんと行い、クリーンで透明性の高い運営を行っていただくようお伝えさせていただきました。

健全で透明性の高い支援団体が増えていくと、もっと素晴らしい社会になるのではないかと思います。

弊社でんホームでもCSR活動のひとつとして、このような支援団体のサポートも行っております。

社会がより素晴らしいものとなりますよう、願うと同時に、一助となる活動を行っていきたいと思います。