見栄でなく、本質的に価値あるものを手に入れることが家づくりでは大切

見栄でなく、本質的に価値あるものを手に入れることが家づくりでは大切

人一人なら、自分の感じるままに行動できます。ただ、周りに複数の人がいると、どうしても人は他人の目が気になるものです。それは、純粋な赤の他人の場合もあれば、近隣住民の場合もあり、身近な友人の場合もあり、近しい親戚の場合もあります。他人の目を気にして行動してしまう。

それが「見栄」です。人は自分をよく見せたい感情があるのは不自然なことではないです。ただ、「見栄」の感情だけで行動してしまうと、大切なものを失ってしまうこともあります。

住宅の場合で、この「見栄」の感情が悪影響をおよぼすのが、予算面と間取りを含むデザイン面です。

「見栄」と予算

人はよく見られたいものですから、たとえうまくいっていなくても、外ではうまくいっているように見せたいものです。そのため、注文住宅を建築する際に、堅実な予算枠から外れて、通常の予算を大きくオーバーするような仕様にしてしまいがちです。住まいは自己実現、自己主張が大きくできるモノです。自動車も同じですが、持ち物として、自己主張しやすいのです。

「どういう家に住んでいるんですか?」と友人が来て、大理石などの石張りの玄関に、吹き抜けのホール。大きなリビングダイニング。高級なキッチン。ソファ、テーブル。そういう家づくりになりがちです。そうすると、建築予算をオーバーします。オーバーせずとも、大きな予算になります。

それが本質的な価値あるものであれば、すばらしいです。ただ、往々にして、単にきらびやかなだけになりがちなことは否めません。

大切なことは、その予算の構成なり、仕様なりが「住む人にとって重要なこと」「日常住む家族にとって、幸せの城となるのにプラスかどうか」が大切です。結局、住まいは他人に見せるモノというより、住む家族にとって素晴らしいモノであるべきです。

このことは、もうひとつの側面である間取りを含むデザイン面にも影響があります。

「見栄」とデザイン

「見栄」を張ったデザインは奇抜です。豪華だったり、斬新だったり、おしゃれだったり。奇抜であればあるほど、実際に住むには実用性が低いことが多いです。なぜなら、実用性が高ければ高いほど、シンプルで汎用性が高い、「普通」で「一般的」な家だからです。

外観デザインもそうです。普通は使わない素材や建材を使うことで奇抜に見せようとします。なぜ、普通は使わないか。それは実用性が低いからです。デザイン重視だと、どうしても実用性が低いことが多いです。

ですから、本当に求めるべきは、実用性のある美しいデザインなのです。単におしゃれだとか、かっこいいというのではなく、実用の美を持った住まい・家づくりをすべきなのです。それは考えられたものである必要があります。

たしかに「見栄」の感情は人である以上、持つものです。しかし、その感情に左右されて、実用性の低い、住む人にとって住みづらい、無駄な家づくりをすべきではありません。

「見栄」もありますが、それ以上に本質的に価値あるよう考え抜かれた家をつくりあげるべきなのです。実用性が高く、住む家族にとって本当に幸せの城となるような家づくり。そういう家づくりをしていただきたいです。



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