セキスイハイム(積水化学工業)の創業ストーリー

大手ハウスメーカーで知られる「セキスイハイム」。会社名は「積水化学工業」です。
今回は、その創業ストーリー・歴史についてお話します。

ハウスメーカーには「積水ハウス」と「セキスイハイム」と同じ「積水」があります
会社はそれぞれ「積水ハウス」と「積水化学工業」です。

現在は別会社です。
しかし、ルーツをたどれば、同じ会社です。

積水ハウスの創業ストーリー・歴史のところでもお話しましたが、「セキスイハイム(積水化学工業)」もまた、日本窒素肥料という会社にたどりつきます

日本窒素肥料という会社は野口遵によって設立された会社で、当時の財閥のひとつ、日窒コンツェルンの中心企業でした。日本窒素肥料は第二次世界大戦後、財閥解体にともなって整理されます。この日本窒素肥料の整理の際、延岡工場が旭化成になり、水俣工場が新日本窒素になり、復職できなかった若手社員が積水化学をつくります。

積水化学は発足当初、新日本窒素の製品を販売して経営していました。そこから、日本で最初の自動射出成型機によるプラスチック製品をうみだします。この事業が当たり、業績を急速に伸ばしていきます。有名なプラスチック製品にはセロハンテープ、水道管で使用するビニール製の管であるエスロンパイプ、ポリバケツなどがあります。

積水化学はプラスチック製造の会社です。そのため、プラスチックの用途開発を模索。その用途のひとつとして検討されたのが住宅でした

そこで住宅事業の展開に着手。積水化学が30%の出資をして「積水ハウス産業」という会社を設立します。この「積水ハウス産業」が現在の「積水ハウス」です。しかし、「積水ハウス産業」を設立したはいいものの儲かりません。赤字会社でした。そこで、積水化学は本体から「積水ハウス産業」を切り離します。1963年のことです。

積水ハウス産業には、積水化学工業の専務であった田鍋健氏が社長として就任。劇的な事業改革を行います。その結果、1964年には黒字になり、業績をみるみるうちに成長させます。大成功をおさめます。

それをみていた積水化学工業は、再度、本格的に住宅産業への進出を着手
日本初のユニット住宅「セキスイハイム」を生み出します。

そして、現在に至ります。



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