福岡は昔はどういう場所だったか?

福岡は昔はどういう場所だったか?

先日、とある方(今後、福岡に住まわれる可能性のある方)に聞かれました。
「福岡は昔はどういう場所だったんですか?」

弊社はもちろん、住宅事業をしておりますので、土地の由来や歴史、どういう土地に住むのがよいかなどの研究をしています。(参考情報:でんホームその他お役立ち情報

もちろん、個別にはいろいろあります。元々は沼地でしたという場所、元々は武士のお屋敷でしたという場所など。ただ、福岡というエリアをざっくりとどういう場所かと申し上げると、どうなるでしょうか?

福岡エリアはざっくりいうと、どういう場所か?

中心地に城と城下町、博多に商人の町、中心地以外のほとんどの土地は田畑です。

江戸時代に黒田藩となった福岡。
今の舞鶴公園、福岡城跡などが、福岡城エリアです。
大濠公園は当時のお堀を活用してできたものです。

福岡城エリアの周辺は当時の中心部であり、城にいつでもかけつけられるように、武士のお屋敷は周辺エリアにありました。職住接近ですね。仕事柄当然、そうなるわけです。武士はもちろん、軍人ですので、軍事訓練をする演習場なども付近には存在していました。

そして、天神エリアも含めての当時の中心部は、いまでも福岡エリアの中心部として栄えています。かつては城下町でした。

その一方で、商取引が行われていた町が商人の町です。それが博多エリアです。町人たちが商売をしていました。今の博多駅周辺です。

博多エリアは地図上で表現すると、西は那珂川、東は御笠川で挟まれたかたちで、仕切られたエリアです。イメージとしては、那珂川を挟んで西が城下町、武家屋敷。那珂川の東が商人の町です。神屋宗湛、島井宗室といった有名な豪商たちも住んでいたそうです。

そして、中心地をのぞいたエリアはあっけないまでに田畑でした。現代人がその当時をみたら、きっと「何もないな、ここは」と言ってしまうようなエリアでした。

それもそのはずで、現代とは比較にならないほど、人口は少なかったです。また、農業を行って年貢を納めるというのが、ほとんどの日本人でしたから、それなりの土地が必要です。農業用の田畑がほとんどだったわけです。たくさんの村があったのです。

中心部だけが、街の体をなしていたわけです。

それが人口が増え、居住する人が増え、マンションが建ち、家が建ち、現在の福岡へと変わっていきました。



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