森林飽和―国土の変貌を考える 太田 猛彦 (著) #206

本書は思いこみを覆す本です。
山に行き、見渡せば、緑の木々に覆われた山々。

しかし、50年前、そこは「はげ山」であった

日本の国土は、たった数十年間に起きた急激で劇的な変化に見舞われました。

たとえば、日本全国の砂浜海岸で砂が減り、砂浜の幅が狭くなる事例が報告されています。
これは、地盤沈下やダムの影響、護岸工事の影響などと議論されていますが、実際はより根源的な環境である山地・森林の変化なのです。

二十世紀に起こり、今も静かに続く国土の変貌。
それは「森林の飽和状態」です。

本書はそのことについて話しています。

はげ山だらけの日本

ここ数十年前、日本の野山は「はげ山」でした
木が生えず、地表に植生も土壌もない、基盤岩が露出した山「はげ山」です。

本書では江戸時代の絵、60年前の写真を参考に挙げて語られています。

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少なくとも、江戸時代中期から昭和時代前期にかけて、鬱蒼とした森をほとんど目にすることなく暮らしていたそうです。

なぜでしょうか?

かつての日本は、なぜ「はげ山」だらけだったか?

そもそも、かつての日本にはどのような資源があったでしょうか?

木、土、石くらいです。

そのなかで、木材は加工の容易さから、建築材料、舟の材料、道具の材料、そして、薪や炭といった燃料(エネルギー資源)として活用されていました

たとえば、塩をつくる際、海水を煮沸するための燃料として使われました。
また、鉄を使うための製鉄にも、大量の燃料が使われました。
焼き物(窯業)にも燃料が使われました。

さらに人口増加に伴って、住まいが必要となることで、木材が必要となります。
これらの結果、木材への需要が高く、供給には年数がかかることから、木が伐られ、森はなくなり、はげ山になったわけです。

そこから災害対策の観点や木材需要から、1960年代に「拡大造林」政策が始まります。
これによって、日本にはスギ(杉)、ヒノキ(桧)、カラマツ(唐松)などの「一斉林」を出現させることになります。

ただ、上記の政策などによって森林が増えてきたところ、1960年代に急速に全国に普及したエネルギー革命がその追い風になりました。
薪炭から石炭・石油・天然ガスという化石燃料へのエネルギー資源の大転換は、森林の利用を放棄することと、ほとんど同義でした。

加えて、外材の輸入自由化で、安価な外材の輸入が国産材の需要を減少させ、国内林業は衰退に向かいます。

それは、森林の伐採圧力を低下させることになりました。
そうすることで、人工林は成長し、豊かな緑に満ちた山々が生まれたのです。

本書では「新しい森をつくる」提言を行っています。

私たちの見ている国土、森林はかつてからあった日本の国土の姿ではなかったのです。

また、森林の放置するのではなく、有効に活用していくこと、森林とともにいきること。
それは日本にとって大切なことではないかと思います。

私ども、でんホームも住宅建築には、可能なかぎり、国産材、地域材を活用していこうと思っています。
日本の森と未来のために、考えていきたいですね。



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