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福岡の竪穴式住居の遺構から感じたこと

福岡市埋蔵文化財センターで開催された「福岡の住まい講座」に行ってまいりました。 内容を簡単に示しておきたいと思います。

日本における人類は、元々狩猟採取をしながら移動しつつ生活していた。
その頃の形跡は残っていなのだが、おそらく、洞窟のようなところにすんでいたのではないか、 もしくは、簡易なテントのような形式の場所に住んでいたと考えられている。 それが、稲作など農耕をするようになり、定住生活・集団生活をし始める。

それが、現在残っている住まいの原型。
福岡に現存する史跡は、なんと1万1000年前の竪穴式住居の遺構。(西区大原)
これには竪穴と柱穴だけではなく、なんと屋根材も出土した。
この時代のものとしては、世界でも大変希少なものらしい。

福岡には各地に、様々な大きさ、様式、形式、年代の竪穴式住居の後が残っている。
住居だけに限らず、貯蔵庫やお風呂の原型のようなものと考えられる施設もあったと考えられる。

また、朝鮮半島から渡ってきたものの跡もある。
まず渡ってきたのはかまど。
福岡はアジアの玄関口だけあり、国内の最古の例がある。(3世紀~4世紀・早良区西新)
カマドが定着したのは、5世紀以降。
建物内の地面に穴を掘りそこで煮炊きをしていたと考えられる。
そして形を変えながらずっと現代まである住まいの設備のひとつとなっている。

ここで、住まいの設備について考えたい。
住まいの設備には現在は各種あるが、トイレやお風呂や洗面、空調、といった設備が住まいに備えられるようになったのは、 それからずーっとずーっと後のことだ。 古代の人々からみたら、まさにいまの住まいは、快適この上ない、王侯貴族の生活である。

また、朝鮮から伝わったものの一つが、韓国ではいまでもポピュラーな床暖房である「オンドル」 これを模倣したのであろう、という遺跡が、竪穴式住居のいくつかにも見られる。
福岡にもいくつか遺跡に残っている。
カマドから煙道トンネルを通じて煙突から排気する、という暖房機能。
しかし、これは日本には定着しなかった。

理由はいくつか考えられるが、
・朝鮮ほど厳しい冬ではなかったと言う事、
・畳という床に敷くものが発明され、床の冷たさを充分しのげた、と言う事などが考えられている。

朝鮮の影響を受けつつも、良いものは取り入れ、独自の工夫をしてきた古代日本人の柔軟性と知恵が伺える。
そして、時を経て、堀立式住居(竪穴を掘らずに地べたに直接柱を建てる形式)が通常の住居の形となっていったのは、 古墳時代。
穴に制約される竪穴よりも、改築増築しやすい掘り立て式になってきたようだ。

なんと、1万年近くも、人類は、竪穴式住居に暮らしていたと類側できる。
それから、たった千年の間で、どんどん人類の住まいは発展していく事になった。

遺跡から分かること。
儀礼・・・解体時には儀式をしていた跡がある。
制約・・・不便さの中に工夫をして暮らしていた。
共有・・・生活に必要なものは身内だけでなく周囲と共有していた。

日本人の元々の感覚は、こういった部分からも感じられます。

でんホームでは、福岡の歴史や気候からも、本当に良い住まいを考えていきたいと思っております。

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